岩波文庫・牛島信明 訳・2001年1月~3月刊行

騎士道物語を読み過ぎて妄想にとらわれた初老の紳士が,古ぼけた甲冑に身を固め,やせ馬ロシナンテにまたがって旅に出る.決定的な時代錯誤と肉体的脆弱さで,行く先々で嘲笑の的となるが….主人公ドン・キホーテをはじめ登場する誰も彼もがとめどもなく饒舌な,おなじみセルバンテス(1547-1616)の代表作.新訳.(全6冊) (以上、岩波書店HPより)

延々と続く物語内物語

ボリュームでいったら文庫で6冊もある。

長い。長いのだけど、これほど長さを感じさせない小説も珍しい。

当時の読み物ではよくあったようだが、枠物語(導入部の物語を外枠として、その内側に、短い物語を埋め込んでいく入れ子構造の物語形式)のような形式にもなっていて、決して直進的に筋が進むわけではない。

現代の一般的な読者が読むと、多分に違和感を覚えるかもしれない。

しかし、何度も差し込まれてくる挿話がいちいち面白いのだ。

楽しくて、やがて悲しき滑稽譚・情話の連続だ。

当時のスペインの民衆模様がありありと浮かんでくる。

一大民俗史の様相もある。

「孕んだあたしを見て、あんたはあたしに処女を求める!」

という台詞が出てくるが、こりゃあ名句だろう。

始まりの小説なのに小説技法の終わりまで見渡せる

メタフィクション的であったり、ポストモダン的な結構を備えていることはよく指摘されている。

17世紀に世に出た小説で、この現代性は恐ろしいものがある。

難しいことは専門書に書いてあるが、ポール・オースターが『ガラスの街』の作品内で、ドン・キホーテに関する考察を長々と書いていたことが興味深かった。

英雄にあこがれて

自分としては、「究極の私小説」として読めた。

自分は自分じゃない、と思い込みたくなることは、割とよくあることだ。