岩波文庫・寺門泰彦 訳・2020年5月、6月刊行

二〇〇八年ベスト・オブ・ブッカー受賞。「『百年の孤独』以来の衝撃」と言われる二〇世紀小説の代表作

一九四七年八月一五日、インド独立の日の真夜中に、不思議な能力とともに生まれた子供たち。なかでも〇時ちょうどに生まれたサリームの運命は、革命、戦争、そして古い物語と魔法が絡みあう祖国の歴史と分かちがたく結びつき──。刊行当時「『百年の孤独』以来の衝撃」とも言われた、二〇世紀小説を代表する一作。

独立前後のインドを舞台に魔術的な語りが冴えわたる。必読の、20世紀の古典。

「貴君は年老いた、しかし永遠に若くあり続けるインドという国を担ういちばん新しい顔なのです」──ついに露顕した出生の秘密。禁断の愛を抱えつつ、〈清浄〉の国との境をさまよう〈真夜中の子供〉サリームは…。稀代のストーリーテラーが絢爛たる語りで紡ぎだす、あまりに魅惑的な物語。(以上、岩波書店HPより)

読みこなせた人が日本で何人いるだろう?

いや、ほんと、読みこなせた人いるか……?

まず、長い。

文庫本で2冊だが、もっとあるんじゃないかとしか思えないボリューム感である。

叙述というか、語りで書かれた小説であり、その饒舌さ、情報量の洪水に呑み込まれてしまう。

最初は、もっともっと長い小説だったらしい……(サルマン・ラシュディの自伝的要素がもっと盛り込まれて)。

それを削って、この長さだそうだ……。いやー、長かった。

また、やはり現代小説的というか、ストーリーの本筋とは相異なる挿話・余話のオンパレードであり……というか8割位が挿話・余話に思えるのだが……読む時の気の持ち方をしっかりさせないとダレてしまいそうではあった。

しかし、まあ、この猥雑さ、過剰さ、無定形さが「インド」なのだと思いを巡らすことが、フェアな態度だろう。

サリーム・シナイとパドマの関係などからもイメージできるが『千夜一夜物語』のような豊饒さが立ち現れてくる。

そして、作品の舞台が印パ戦争の戦地にもなるが、戦争の描写のむなしさ、いや、むなしさというかスラップスティックな書かれ方が「戦争は阿呆くさいものである」ことを訴えてくる。

その阿呆くささで、登場人物が亡くなってしまう切なさに感じ入ってしまった。

不穏にアクチュアル

サルマン・ラシュディといえば、やはり『悪魔の詩』で有名であると言わざるを得ない。

この小説を世に出したことにより、サルマン・ラシュディはイランの最高指導者ホメイニにより、イスラムへの冒涜の罪として死刑宣告を受けた。

日本においても悪魔の詩訳者殺人事件という恐ろしい未解決事件が起きている。

そして、2022年8月12日、サルマン・ラシュディは講演をしようとしていたところに、24歳の男に襲撃され、殺されかけた。

サルマン・ラシュディその人の、国際社会における不穏かつアクチュアルな存在感は今でも色濃くあり、なんとも言えない気持ちになる。

しかし、それ以上に不穏にアクチュアルなのはサルマン・ラシュディが紡ぎ出す、その小説世界だろう。

今なお、黒いマグマのように豊穣に、脈打っている。

サルマン・ラシュディの真夜中の子供たち