新潮文庫・小山太一 訳・2014年7月刊行

恋心か打算か。幸福な結婚とは? 軽妙なストーリーに織り交ぜられた普遍の真理。永遠の名作、待望の新訳! 解説・桐野夏生。

イギリスの静かな田舎町ロングボーンの貸屋敷に、資産家ビングリーが引っ越してきた。ベネット家の長女ジェインとビングリーが惹かれ合う一方、次女エリザベスはビングリーの友人ダーシーの気位の高さに反感を抱く。気難しいダーシーは我知らず、エリザベスに惹かれつつあったのだが……。幸福な結婚に必要なのは、恋心か打算か。軽妙な物語(ストーリー)に普遍の真理を織り交ぜた、永遠の名作。

小説の魅力のすべてが詰まった、名作中の名作

まず最初に言っておきたいのが、登場人物が結構多く、「エリザベス」が本名だけど愛称として「リジー」とか「イライザ」とも出てきたりと、誰が誰だか分からなくなり、読み解くのに難儀するおそれがあるので、ネットで人物表が多く出回っているのでプリントアウトし、しおりとして利用して読み進めることを勧めます。

とはいえ↑そんなことがまったくマイナス要因にならないくらい、まあー面白かった。

今まで読んできた古典小説の中で、いちばん面白かったといっても言い過ぎではない。

ジェイン・オースティンは小説の天才だろう。

41歳で亡くなったらしいが、もっと長生きしていたら、さらなる名作を生み出していたかもしれない。

やっぱり、「人間って面白いな」「世間って面白いな」ということに尽きる。

おしゃべり好きな人がこの世に多い理由も、肌感覚で納得できようというものだ。

そうした俗世間の面白さを、余すところなく小説世界に落とし込める、ジェイン・オースティンの技量は半端ではない。

相当に聡(さと)い人だったのだろう。

E・ブロンテもすごい人だとは思うが、いやーイギリス女流文学のハイレベルさは脱帽ものである。

少女漫画で、ラブコメだが、それがいい

『高慢と偏見(自負と偏見)』はどんな作品かと聞かれれば、いろいろ考えるところはあるが、まあ「少女漫画」であり「ラブコメ」であると、答えていいだろうと思う。

「少女漫画」と「ラブコメ」の始祖のひとつであろう。

要は、「恋愛って付き合うか付き合わないかくらいの時がいちばん楽しいよね☆」とか「第一印象は最悪だったのに、最近何か気になるの……」みたいなのって、やっぱり、読んでいて楽しいじゃないですか。(真顔)

あまりにも優れた人物造形

凡庸な田舎の、凡庸な家庭の、なんだかんだあっても結局凡庸な出来事を、200年以上の時をこえてもむさぼり読めるくらい魅力的な小説に仕立て上げることができるジェイン・オースティンという人は、本当に天才だと思うが、その人物造形の見せ方が特にすばらしい。

「全体として、見通しは悪くないと言うべきだろう。ミスター・コリンズという男は頭も人柄もどうせろくなものではないし、一緒にいてもうっとうしいばかりだし、こっちを好きだというのも一時の思い込みだろう。それでも、夫を手に入れたことに変わりはないのだ。――男や結婚生活に夢を抱いていないシャーロットも、結婚だけはせねばとつねづね考えていた。」

悪人ではないが、欠点のまったくない善人という訳でもないキャラもいる。

「わたしもう、他のことが考えれなくて!年収一万ポンド、ひょっとするともっとでしょ! 大貴族なみじゃない! そうそう、お式は特別許可でするのよ。特別許可でなきゃだめ。それからね、ミスター・ダーシーのお好きな料理は何か教えてちょうだい、あした出したいから」

善人とか悪人とかいう二元論の埒外の、愛すべき俗人もいる。

皆が皆、人間臭い。

それをユーモアたっぷりに、スマートに読者に差し出してくる。

とにかく、だまされたと思って(?)一度読んでみるといい。

抜群に面白く、その上、人間社会を知るための格好のテキストとなるだろう。

ジェイン・オースティンの高慢と偏見(自負と偏見)